四脚門:青森県編

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岩木山神社
岩木山神社:四脚門の画像
分 類 ・中門
場 所 ・青森県弘前市百沢
建築年 ・元禄7年=1694年
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 岩木山神社は弘前藩津軽家の崇敬社で、慶長8年に初代藩主津軽為信が再建、寛永5年に2代藩主津軽信枚が楼門を造営、寛永17年に3代藩主津軽信義が拝殿を造営、元禄7年に4代藩主津軽信政が本殿に造営しています。

誓願寺
誓願寺:四脚門の写真
分 類 ・山門
場 所 ・青森県弘前市大字新町
建築年 ・江戸時代中期
構 造 ・切妻、妻入、こけら葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 誓願寺は慶長元年、津軽為信が母親の菩提を弔う為、岌貞上人を招いて開創した寺院です。津軽家の庇護により領内浄土宗寺院四ヶ方丈に数えられ、元和元年に弘前城の城下に城の西側の守りとして境内を遷しています。

南宗寺
南宗寺:四脚門の画像
分 類 ・山門
場 所 ・青森県八戸市1丁目
建築年 ・元文4年=1739年
構 造 ・切妻、鉄板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・青森県重宝
備 考 南宗寺は寛文6年、南部直房が南部利直の菩提を弔う為、東厳和尚を招いて開創した寺院で、寛文11年に類家から現在地に境内を遷しています。その後は八戸藩南部家の菩提寺として庇護され領内臨済宗寺院の中心的存在となりました。

櫛引八幡宮
櫛引八幡宮:四脚門
分 類 ・神門(南門)
場 所 ・青森県八戸市八幡字八幡丁
建築年 ・慶安元年=1648年
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 櫛引八幡宮は建久2年、南部光行が甲斐南部郷の八幡宮御神体を勧請し開創した神社です。以来、三戸南部家の崇敬社として庇護され、本城を盛岡城に遷し盛岡藩を立藩した後は藩の総鎮守、南部領一之宮に格付けられています。

弘前八幡宮
弘前八幡宮:四脚門
分 類 ・中門
場 所 ・青森県弘前市大字八幡町一丁目
建築年 ・慶長17年=1612年
構 造 ・入母屋、こけら葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 弘前八幡宮は平安時代に征夷大将軍として当地まで進軍した坂上田村麻呂が勧請したと伝えられています。当初は大浦城の鬼門の方角に境内を構えていていた事から大浦光信が信仰しました。津軽信牧が弘前城築いた際に現在地に遷座しています。

海童神社
海童神社:四脚門
分 類 ・中門
場 所 ・青森県北津軽郡板柳町大字板柳字土井
建築年 ・大正15年=1926年
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・板柳町指定文化財
備 考 海童神社は文禄の役の際、弘前城の城主津軽為信により勧請された神社です。特に海上交通の安全にご利益があるとされます。江戸時代後期には民俗学の祖とも言える菅江真澄が参拝しています。

法眼寺
法眼寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・青森県黒石市大字山形町
建築年 ・寛保元年=1741年
構 造 ・一間一戸、茅葺、四脚門
文化財 ・黒石市指定有形文化財
備 考 ・法眼寺は延宝8年に宗運和尚が開山したされ、江戸時代には領主である黒石津軽家の帰依を受けました。当初は現在の温湯温泉の温泉街に境内を構えていましたが、後に黒石陣屋の陣屋町である現在地に遷りました。江戸後期には菅江真澄が参拝しています。

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