四脚門:長野県編

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願行寺
願行寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県上田市中央
建築年 ・享保3年=1718年
構 造 ・切妻、本瓦葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・上田市指定文化財
備 考 願行寺は千曲川太鼓淵で発見された一光三尊の阿弥陀如来像を本尊として海野小太郎が松誉岌香上人を招いて開創したと伝わる寺院です。天正14年、上田城の城主真田昌幸が岌譽道山上人招いて中興開山しています。

極楽寺
極楽寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県木曽郡木祖村薮原
建築年 ・元禄11年=1698年
構 造 ・切妻、銅板葺、三間一戸、四脚門
文化財 ・木祖村指定有形文化財
備 考 極楽寺は室町時代末期に古畑十右ェ門正貫が茂林和尚を招いて開創したと伝わる寺院です。寛文2年、藪原宿で発生した火事に類焼し寛文4年に中町裏、貞享3年に現在地に寺地が与えられ境内を遷しています。

定勝寺
定勝寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県木曽郡大桑村大字須原
建築年 ・万治4年=1661年
構 造 ・切妻、桧皮葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 定勝寺は嘉慶年間、木曽親豊が初屋和尚を招いて開創されたと伝わる寺院です。天正18年に木曽氏は木曽谷から離れましたが、新たな領主となった犬山城の城主石川貞清が庇護し天心和尚を招いて中興開山しています。

刈谷沢神明宮
刈谷沢神明宮:四脚門
分 類 ・神門(総門)
場 所 ・長野県東筑摩郡筑北村坂北
建築年 ・文明2年=1470年
構 造 ・切妻、銅板葺、妻入、一間一戸、四脚門
文化財 ・筑北村指定文化財
備 考 刈谷沢神明宮は白鳳年間に伊勢神宮の御霊を勧請し開創されたと伝わる神社です。中世は青柳城の城主青柳氏に庇護されますが、戦国時代に上杉景勝の侵攻で荒廃しています。作始め神事は長野県指定無形民俗文化財に指定されています。

浄林寺
浄林寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県松本市中央1丁目
建築年 ・元禄年間(1688〜1704年)
構 造 ・入母屋、本瓦葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・松本市指定重要文化財
備 考 浄林寺は元々、小笠原家所縁の寺院でしたが、同家が当地を去ると新たに松本城の城主となった石川数正が庇護します。数正が死去すると跡を継いだ石川康長が菩提寺として整備し境内には壮麗な御霊社が造営されています。

諏訪大社上社本宮
諏訪大社上社本宮:四脚門
分 類 ・神門(入口御門)
場 所 ・長野県諏訪市中洲宮山
建築年 ・文政12年=1829年
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 諏訪大社は格式が高い神社で承和9年に従五位下、貞観9年に従一位、天慶3年に正一位に列し、延喜式神名帳には名神大社と記載され信濃国一之宮に格付けられました。

諏訪大社上社本宮
諏訪大社上社本宮:四脚門
分 類 ・神門(四脚門)
場 所 ・長野県諏訪市中洲宮山
建築年 ・元和3年=1617年
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 ・諏訪大社が何時頃から信仰されたのかは判りませんが、国譲り神話で、大国主命の御子神である建御名方神が国譲りに納得出来ず建御雷神と力比べを行うも敗北し諏訪地方に封じられたと記載されています。

柏心寺
柏心寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県飯田市箕瀬町
建築年 ・慶長2年=1597年
構 造 ・切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・飯田市指定文化財
備 考 柏心寺は元亀2年に充誉上人が開創されたと伝わる寺院です。慶長2年に飯田城の城下町に寺地が与えられ境内を遷し堂宇が造営されました。境内の一角には飯田城の土塁が残され、本尊の阿弥陀如来坐像は飯田市指定文化財です。

仁科神明宮
仁科神明宮:四脚門
分 類 ・中門
場 所 ・長野県大町市社宮本
建築年 ・寛永13年=1637年
構 造 ・切妻、檜皮葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国宝
備 考 仁科神明宮は長く当地を支配した仁科氏と関係が深く、仁科盛遠が社領10石を寄進し、永和2年に仁科盛国が式年造替と遷宮を行うと、戦国時代に仁科氏が滅びるまで、式年造替の大旦那として庇護しています。

正満寺
正満寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県長野市若穂綿内
建築年 ・元禄17年=1704年
構 造 ・入母屋、桟瓦葺、三間一戸、四脚楼門
文化財 ・長野市指定有形文化財
備 考 ・正満寺は弘治2年、井上信満が井上正満の菩提を弔う為に開創したと伝わる寺院です。慶長3年に井上氏は上杉景勝に従い当地を離れましたが、その後も倫誉念海や 慧旭等の高僧を輩出しています。

運松寺
運松寺:四脚門
分 類 ・鐘楼門
場 所 ・長野県飯田市鼎名古熊
建築年 ・享保20年=1735年
構 造 ・切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚楼門
文化財 ・飯田市指定有形文化財
備 考 ・運松寺は小笠原家と関係が深く、鎌倉時代初期に小笠原長清が寺領を寄進し、小笠原貞宗の代に禅宗寺院に改宗しています。小笠原定基は眼病平癒の祈願を行い伊那十二薬師に選定しています。法誉伝策和尚が浄土宗の寺院として再興しています。

高山寺
高山寺:四脚門
分 類 ・鐘楼門
場 所 ・長野県上水内郡小川村稲丘
建築年 ・天明6年=1786年
構 造 ・入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚楼門
文化財 ・小川村指定文化財
備 考 ・高山寺は大同3年に坂上田村麻呂が弘法大師空海が彫刻した聖観音像を本尊として開創されたと伝わる寺院です。建久6年には源頼朝が三重塔を寄進、木食山居故信法阿上人が再興しています(木食山居故信法阿上人は若一王子神社三重塔も勧請しています)。

慈恩院
慈恩院:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県下伊那郡豊丘村神稲
建築年 ・元文5年=1740年
構 造 ・入母屋、銅板葺、三間一戸、四脚楼門
文化財 ・豊丘村指定有形文化財
備 考 ・慈恩院は平安時代末期、伴野庄の荘司の位牌寺として開創されたと伝わる寺院です。戦国時代の兵火で大きな被害を受けましたが天正2年に伴野半左衛門が玄室和尚を招いて中興しています。境内には伴野庄の荘司や松尾多勢子などの墓碑が建立されています。

清水寺
清水寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・長野県東筑摩郡山形村清水高原
建築年 ・享保11年=1726年
構 造 ・寄棟、金属板葺、一間一戸、四脚楼門
文化財 ・山形村指定文化財
備 考 清水寺は天平元年、行基菩薩によって開創されたと伝わる寺院です。坂上田村麻呂が八面大王征討の戦勝祈願を行い、見事討ち果たすと本尊を京都に勧請し清水寺を開創した事から当寺が京都清水寺の本寺とも云われています。

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