四脚門:山梨県編

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恵林寺
恵林寺:四脚門を撮った写真
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県甲州市塩山小屋敷
建築年 ・桃山時代
構 造 ・切妻、檜皮葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 恵林寺は武田信玄の菩提寺だった寺院で、永禄年間に信玄は荒廃した境内を整備し、帰依していた快川紹喜を招いて中興開山し寺領300石を寄進しています。信玄が死去した際には公になった3年後に葬儀が行われ墓碑が建立されています。

向嶽寺
向嶽寺:四脚門を撮った画像
分 類 ・中門
場 所 ・山梨県甲州市塩山上於曽
建築年 ・室町時代
構 造 ・切妻、檜皮葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 向嶽寺は永和4年、抜隊得勝が開創したと伝わる寺院です。得勝が設けた草庵には教えを乞う僧侶達が数多く集まった為、康暦2年に武田信成が現在地に寺地を寄進し境内を遷しています。元中2年には後亀山天皇の勅願寺となっています。

南明寺
南明寺:四脚門
分 類 ・山門(三解説門)
場 所 ・山梨県南巨摩郡富士川町小林
建築年 ・江戸時代中期
構 造 ・切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門、
文化財 ・富士川町指定文化財
備 考 南明寺は正慶2年に大井春明が雪山玄呆を招いて開創した寺院で、明峰素哲を勧請開山者としています。戦国時代の住職だった用山義存は徳川家康と幼少時に縁があり窮地の際にも助力した事から徳川家所縁の品々を所有しています。

大井俣窪八幡神社
大井俣窪八幡神社:四脚門
分 類 ・神門
場 所 ・山梨県山梨市北
建築年 ・永正8年=1511年
構 造 ・切妻、檜皮葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・国指定重要文化財
備 考 大井俣窪八幡神社は甲斐武田家所縁の神社で「西の武田八幡、東の窪八幡」と呼ばれ篤く遇されました。応永17年に武田信満が社殿の再建が行われ、明応9年には武田信昌が式内社と高良社を再建、武田信虎が神門を造営しています。

永昌院
永昌院:四脚門
分 類 ・総門
場 所 ・山梨県山梨市矢坪
建築年 ・江戸時代
構 造 ・切妻、鉄板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・山梨市指定有形文化財
備 考 永昌院は禅定院と号する密教系寺院として開創したと伝わる寺院です。文明年間に武田信昌が一華文英禅師を招いて曹洞宗の寺院として中興開山しています。永正2年に信昌が死去すると境内に葬られ、墓碑と供養塔が建立されています。

大泉寺
大泉寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県甲府市古府中町
建築年 ・江戸時代
構 造 ・二段切妻、桟瓦葺、三間一戸、四脚門
文化財 ・甲府市指定文化財
備 考 大泉寺は武田信虎所縁の寺院で、永正16年に信虎が本城を躑躅ヶ崎館(武田氏館)に遷し城下町が町割りされると現在地に寺地が寄進され境内を遷しています。天正2年に信虎が死去すると葬儀が行われ墓碑が建立されています。

長生寺
長生寺:四脚門
分 類 ・山門(中雀門)
場 所 ・山梨県都留市下谷
建築年 ・元和4年=1618年
構 造 ・切妻、桟瓦葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・都留市指定文化財
備 考 長生寺は文明元年、武田信昌が鷹岳宗俊禅師を招いて開創した寺院です。永正9年、小山田信有が再興し小山田家の菩提寺としました。江戸時代に入ると谷村藩が庇護し元和4年、火災で焼失すると鳥居成次が堂宇の再建に尽力しました。

保福寺
保福寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県上野原市上野原
建築年 ・慶応元年=1865年
構 造 ・一間一戸、銅板葺、四脚門
文化財 ・上野原市指定文化財
備 考 ・保福寺は天正10年に上野原城の城主加藤丹後守景忠が創建した寺院で、武田家が滅亡すると加藤家一族も離散した為、谷村藩や幕府の庇護を受けています。中里介山の作品である「大菩薩峠」の舞台でもあり月見寺として登場しています。

法泉寺
法泉寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県甲府市和田町
建築年 ・寛永14年=1637年
構 造 ・入母屋、桟瓦葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・甲府市指定文化財
備 考 法泉寺は元徳年間に武田信武が月舟禅師を招き夢窓疎石を勧請開山しました。戦国時代に快岳周悦和尚が再興し武田家の帰依を受け甲府五山に数えられました。伝承によるとさらし首になった武田勝頼の首が密かに埋葬されたと伝えられています。

慈眼寺
慈眼寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県笛吹市一宮町末木
建築年 ・慶安8年=1650年
構 造 ・入母屋、鉄板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・上野原市指定文化財
備 考 慈眼寺は室町時代中期に宥日上人が中興した寺院で、甲斐武田家の祈願所として庇護しました。甲州国檀林七ヶ寺の筆頭の格式を得て大いに繁栄しましたが、武田家が滅亡すると衰微しました。その後徳川家の祈願所として再興しています。

福光園寺
福光園寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県笛吹市御坂町大野寺
建築年 ・寛文12年=1672年
構 造 ・入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・笛吹市指定文化財
備 考 福光園寺は推古天皇16年に聖徳太子が開創したと伝わる寺院です。その後、行基菩薩や弘法大師空海など名僧が訪れ、大野対馬守が賢安上人を招き中興しています。寛喜3年に三枝氏が木造吉祥天女像を寄進、江戸時代には幕府から庇護されています。

甲斐国分寺
甲斐国分寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県笛吹市一宮町国分
建築年 ・江戸時代末期
構 造 ・入母屋、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・笛吹市指定文化財
備 考 甲斐国分寺は天平13年に聖武天皇の勅願により全国に建立された国分寺の後継寺院で、朝廷の権威の失墜と共に衰微したものを戦国時代に武田信玄が再興しています。境内の近隣には古代甲斐国分寺の跡地があり国指定史跡に指定されています。

恵林寺
恵林寺:四脚門
分 類 ・山門(三門)
場 所 ・山梨県甲州市塩山小屋敷
建築年 ・安土桃山時代
構 造 ・入母屋、こけら葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・山梨県指定文化財
備 考 ・現在の三門の前身だった建物は武田家が滅亡した際、関係が深かった快川紹喜が佐々木義治を匿い立て籠もった事で知られ、織田勢に火攻めにあうと「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」と叫んで絶命したと伝えられています。

定林寺
定林寺:四脚門
分 類 ・山門
場 所 ・山梨県笛吹市八代町南
建築年 ・室町時代
構 造 ・切妻、銅板葺、一間一戸、四脚門
文化財 ・笛吹市指定文化財
備 考 定林寺は文永年間、日蓮上人が巡錫で当地を訪れた際、平家の落人の妻が双子を死産し鬼火となっている事を知り供養すると、当地の郷士である早内左ェ門が日蓮聖人ぼ弟子となり自分の土地に寺院を開創したと伝わる寺院です。

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